調和的な共感

執筆者 | 2021年10月3日 | タントラ, 紹介

こんにちは!
タントラヨガ講座に参加しているタマです (。・∀・。)ゝ

今回は『共感』の授業で私が印象深いと感じた内容をご紹介します。


授業中に先生が、
「人と話した後(相手の愚痴や悲しい話を聞いた後)、話し相手の低いエネルギーに引っ張られて、すごく疲れてしまうことはありませんか」
と、生徒達に投げかけました。

私は心の中で大きく頷き、高揚しました (°_°)ドキドキ

誰かと一緒にいたり話した後、必ず何かの“反動“ を受けたかのようにドッと疲れが出たり、相手の負のエネルギー?に影響されて、自分まで暗くなるようなことが日常だったからです。

こんな症状が、友人やあらゆる人に会う度に出るにもかかわらず、
相手が胸の内を告白してくれたり、悩みを相談してくれるので、
自分では聞き上手で共感力がある!
と思い込んでいたのです(恥)

 

先生は続けて何故このような疲れる状態になるのか説明してくれました。

「他人と話していて疲れてしまう人は、相手が “下” とか “エネルギーが低い” とか “汚い” ことが原因ではなくて、自分が “相手を変えたがっている” からだ!
相手を変えたいって気持ちは、相手や自分を否定していることと同じなんだ」

それから

「人が脆い感情をシェアしているときに、相手の許可なく提案や解決策を言うことは微細な暴力だ

とも。

………!

グサッときました ( ˘ω˘ ; )

確かに思い返してみると、
相手の話を熱心に聞きながら、相手の気持ちや立場になろうとしつつ、
心の中で、“その人にアドバイスしたい!” “私のアドバイスを受け入れてほしい” と思っていました。

大学や専門学校、専門書、実体験で得てきた多くの “役立つはずの知識” を披露したくて、会話の自然の流れを装いながら、会話中にアドバイスできるタイミングを探し続けていたのです (。-ω´-)

「あなたの考えや行動は間違っている!今すぐ、グズグズ同じような悩みはやめて、私の知っている正しい情報に改めて!!」

私は強烈に相手を否定しているだけでなく、怒りや優越感にも浸っていたことにも気が付きました。


私は人の話を聞きながら、ずーーーっと否定的な感情を抱きながら、相手に暴力を振るっていたんだな。

こんな状態であれば疲れるのも当然。。

相手にも自分にも悪いことをしたな。
と、反省。

人と話していて疲れてしまう原因が分かって本当に良かったです。
知らなければ被害者が増えるところでした…

このような “共感もどき” “不健全な共感” をやめるにはどうしたらいいのでしょうか?

その答えは『健全で調和的な共感』をすること。


授業の抜粋ですが、それは
・相手の気持ちに対して期待や執着、拒絶を手放す
・自分は相手を映す“鏡”のようになる

ということ。

相手を変えようという気持ちを捨てて、
ただただ相手に共感して傍にいる
どうしても助言したいときは必ず相手の許可を取る

この調和的な共感を実践しようと優しい気持ちで決めて、
友人と会いました。

一言目から、いつもの会話と雰囲気が違うことに気づきました。
気構えなくていい。私は鏡のように美しく相手をただ映す。
その思いが、二人の間の空気を柔らかくあたたかなものにしていました。

そこから二時間余りの会話。
時を忘れて相手の話に耳を傾け、悲しみ、喜びを共感して。
素直でやさしい時間でした。

それから他の誰と話す時も、この調和的な共感をほんの少し意識するだけで、
私も相手も穏やかになっていると感じるようになりました。

相手を見つめながらの落ち着いた沈黙。
それは自分と相手を ”何か” から自由にしてくれました。
有益な内容を話さなきゃ!というプレッシャーから解放されたんですね (*´﹀`*)

“友人に会う=疲れる” の方程式が崩れたおかげで
“友人と会う約束が怖くなくなった” こともいい変化でした。

まだ完全な調和した共感は出来ませんが、
それでも、調和的でありたいと思って行動することで
人間関係に少し変化が起きました ヾ(*´Ο`*)/


誰かと、より優しく愛に満ちた関係性を築くために

皆さんも今から一緒に調和的な共感を始めてみませんか?

調和的な共感

こんにちは!
タントラヨガ講座に参加しているタマです (。・∀・。)ゝ

今回は『共感』の授業で私が印象深いと感じた内容をご紹介します。


授業中に先生が、
「人と話した後(相手の愚痴や悲しい話を聞いた後)、話し相手の低いエネルギーに引っ張られて、すごく疲れてしまうことはありませんか」
と、生徒達に投げかけました。

私は心の中で大きく頷き、高揚しました (°_°)ドキドキ

誰かと一緒にいたり話した後、必ず何かの“反動“ を受けたかのようにドッと疲れが出たり、相手の負のエネルギー?に影響されて、自分まで暗くなるようなことが日常だったからです。

こんな症状が、友人やあらゆる人に会う度に出るにもかかわらず、
相手が胸の内を告白してくれたり、悩みを相談してくれるので、
自分では聞き上手で共感力がある!
と思い込んでいたのです(恥)

先生は続けて何故このような疲れる状態になるのか説明してくれました。

「他人と話していて疲れてしまう人は、相手が “下” とか エ“ネルギーが低い” とか “汚い” ことが原因ではなくて、自分が “相手を変えたがっている” からだ!
相手を変えたいって気持ちは、相手や自分を否定していることと同じなんだ」

それから
「人が脆い感情をシェアしているときに、
相手の許可なく提案や解決策を言うことは微細な暴力だ
とも。

………!

グサッときました ( ˘ω˘ ; )

確かに思い返してみると、
相手の話を熱心に聞きながら、相手の気持ちや立場になろうとしつつ、
心の中で、“その人にアドバイスしたい!” “私のアドバイスを受け入れてほしい” と思っていました。

大学や専門学校、専門書、実体験で得てきた多くの “役立つはずの知識” を披露したくて、会話の自然の流れを装いながら、会話中にアドバイスできるタイミングを探し続けていたのです (。-ω´-)

「あなたの考えや行動は間違っている!今すぐ、グズグズ同じような悩みはやめて、私の知っている正しい情報に改めて!!」

私は強烈に相手を否定しているだけでなく、怒りや優越感にも浸っていたことにも気が付きました。

私は人の話を聞きながら、ずーーーっと否定的な感情を抱きながら、相手に暴力を振るっていたんだな。

こんな状態であれば疲れるのも当然。。

相手にも自分にも悪いことをしたな。
と、反省。

人と話していて疲れてしまう原因が分かって本当に良かったです。
知らなければ被害者が増えるところでした…

このような “共感もどき” “不健全な共感” をやめるにはどうしたらいいのでしょうか?

それは『健全で調和的な共感』をすること。


授業の抜粋ですが、それは

・相手の気持ちに対して期待や執着、拒絶を手放す
・自分は相手を映す“鏡”のようになる

ということ。

相手を変えようという気持ちを捨てて、
ただただ相手に共感して傍にいる
どうしても助言したいときは必ず相手の許可を取る

会話中、この調和的な共感を実践しようと優しい気持ちで決めて、
友人と話をしました。

一言目から、いつもの会話と雰囲気が違うことに気づきました。
気構えなくていい。私は鏡のように美しく相手をただ映す。
その思いが、二人の間の空気を柔らかくあたたかなものにしていました。

そこから二時間余りの会話。
時を忘れて相手の話に耳を傾け、悲しみ、喜びを共感して。
素直でやさしい時間でした。

それから他の誰と話す時も、この調和的な共感をほんの少し意識するだけで、
私も相手も穏やかになっていると感じるようになりました。

相手を見つめながらの落ち着いた沈黙。
それは自分と相手を ”何か” から自由にしてくれました。
有益な内容を話さなきゃ!というプレッシャーから解放されたんですね (*´﹀`*)

“友人に会う=疲れる” の方程式が崩れたおかげで
“友人と会う約束が怖くなくなった” こともいい変化でした。

まだ完全な調和した共感は出来ませんが、
それでも、調和的でありたいと思って行動することで
人間関係に少し変化が起きました ヾ(*´Ο`*)/


誰かと、より優しく愛に満ちた関係性を築くために

皆さんも今から一緒に調和的な共感を始めてみませんか?

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(体験クラスのテーマ:
幸せについて)

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